東京高等裁判所 昭和63年(ネ)1898号 判決 1989年4月12日
控訴人 佐野利産業株式会社
右代表者代表取締役 佐野久一郎
右訴訟代理人弁護士 高橋勝
被控訴人 三条信用金庫
右代表者代表理事 金子六郎
右訴訟代理人弁護士 坂上勝男
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
理由
一 請求原因事実については当事者間に争いがない。
二 抗弁事実について判断する。
≪証拠≫、並びに弁論の全趣旨を総合して、次のとおり判断する。
1 被控訴人は、昭和五九年八月六日、訴外会社に対して三一五〇万円を貸し渡すにあたり、本件(八)(九)の手形を担保として取得した他、同日、訴外会社の依頼により本件(六)の手形を割引いた。
2 被控訴人は訴外会社の主力取引金融機関であつたが、昭和五九年六月頃から、急な手形割引依頼や融資申込が相次いだことなどもあつて、その財務内容に疑問を持つようになつたが、その決算内容から見て在庫品の水増しなどにより若干の粉飾がなされてはいるものの、一億数千万円ないし二億円程度の累積赤字を抱えているのではないかと推測していた。
3 訴外株式会社小林繁造商店が昭和五九年七月二八日に和議申立をして事実上倒産したが、訴外会社が右小林繁造商店と融通手形の交換をしていたことが知れたため、地元業界に訴外会社の信用不安説が流れ、被控訴人も訴外会社代表者らに説明を求めたが、訴外会社は被控訴人に対して、右小林繁造商店に渡つている訴外会社の融通手形の金額は一千万円程度であつてその被害はさしたるものではないと報告していた。
4 訴外橋本三治商店、訴外清新産業株式会社、訴外株式会社喜代光、訴外株式会社坂謙(以下「取引先四社」という。)は、いずれも被控訴人と金融取引があり、かつ訴外会社から商品を仕入れている金物問屋であるが、かねてから商品の売買代金前渡金支払のために、訴外会社振出の為替手形の引受をしていた。
取引先四社は、いずれも訴外会社から、さらに商品の売買代金前渡金として手形の引受をなすよう要請を受けており、訴外会社が直ちに倒産するときは、既に引受済で商品未納入分の手形額面金額相当の被害を受けることになるので、訴外会社が倒産を回避できるよう協力したい意向は持つていたものの、新たに引受を行うことによつて被害を拡大することとなることについても強い危惧の念を抱いていた。
5 取引先四社の代表取締役又は専務取締役らは、まず昭和五九年八月二日、訴外会社代表者らと共に会談し、訴外会社を救済する方法として、取引先四社らが出資して増資することなども検討したが、訴外会社の実態について不安があつたので、あらためて翌八月三日、レストラン沙和流に集合し、被控訴人の当時の本店次長である布施捷二を呼んで、被控訴人が把握している訴外会社の財務内容の現状や資金繰りの見通しについて被控訴人の見解を尋ねると共に、右取引先四社が訴外会社から求められている手形の引受に応ずるべきかどうか、などについての意見を求めた。
布施は、被控訴人は訴外会社の累積赤字は一億数千万円ないし二億円と見ており、この程度の赤字であれば立ち直ることができると考えているが、当面の手形決済期日である八月六日が差し迫つているので、これを乗り切つた後次の手形決済期日である八月二〇日までの間にさらに調査検討をする予定であるが、取り敢えずは八月六日に満期の到来する手形の決済資金五~六〇〇〇万円については、もし取引先四社等が訴外会社に協力して手形の引受等に応ずるのであれば、被控訴人としても手形担保等による手形貸付、手形割引などにより、その調達について応分の協力をする考えであり、取引先四社が手形の引受に応じたにもかかわらず、担保手形や割引手形が必要なだけ集まらないことなどのために、八月六日の手形決済資金に足りる資金を調達できず、直ちに手形不渡りのやむなきに到つたときは、被控訴人が受領することとなる取引先四社の引受手形は返還する旨答えた。
このとき布施が、訴外会社が将来とも倒産のおそれがなく取引先四社引受手形に相応する商品の納入が確実に履行されるであろうことを言明したり、訴外会社が納品を実行しないときは、被控訴人が取得することとなる引受手形を取引先四社に返還する旨の約束をしたとは、到底認めることはできない。≪証拠≫並びに控訴人代表者本人の原審における尋問の結果中には、布施が右言明又は約束をしたとする部分もあるが採用できない。
6 布施は、同年七月三〇日訴外橋本三治らから、また同年八月四日頃訴外株式会社本間の代表者からも同様の質問を受けた際にも、八月六日の手形決済資金の調達には協力する意向であり、それすら用意できないときには、右両社引受手形を返還する考えのあることを回答したことがあつたが、引受手形に相応する商品の納入が間違いないことを言明したり、納品されないときはそれに相応する手形を返還することを約したとは認められない。≪証拠≫中には、布施が右言明又は約束をしたとする部分もあるが、前同様採用できない。
7 被控訴人は、かねてより訴外会社に対してその正確な財務内容の報告を求めており、同年八月六日の手形決済が終わつた後に速やかにその報告がなされる予定であつたところ、同月七日の夕方、直近の法人税確定申告書とその付属書類の控である甲第二二号証の一ないし一三が提出されたが、その記載によれば訴外会社の繰越欠損金は三億円に近く、その前に提出されていた甲第二一号証の一ないし一三の決算書とその付属書類による繰越欠損金が二〇〇〇万円余であつたのと大幅に異なり、又新たに提出された甲第二二号証の一ないし一三についても、それが財務内容の真実を表示するものであるかどうかについて不審を抱かせるものがあつた。
そこで被控訴人は急遽、野島税理士に訴外会社の財務内容の調査を依頼したところ、同月一〇日、同税理士からの調査結果の報告があつたが、その報告によれば、訴外会社の累積赤字は甲二三号証記載のとおり七億八〇〇〇万円を超えるものであつた。
8 被控訴人は同月一一日訴外会社に対して、右調査結果を告げ解決策の検討を求めた。訴外会社、取引先四社、それに訴外会社に対する材料納入先である株式会社近藤与助商店は、同月一三日、被控訴人本店に集合して善後策を協議した。取引先四社はいずれも、訴外会社が倒産するときは少なくない被害を受けることから、訴外会社の再建を希望したのであつたが、席上、野島税理士から右調査結果の報告がなされ、それまで訴外会社に協力的であつた右近藤与助商店が訴外会社に対する強い不信感を表明し、今後は信用取引による材料納入はできないことを通告するに及び、被控訴人らは訴外会社の支援継続を断念することとなつた。
9 そこで訴外会社は、次の手形決済期日である同月二〇日に先立ち、同月一八日、新潟地方裁判所に和議申立をした。
以上の経過を辿つたものと判断する。たしかに、被控訴人は地元金融機関として訴外会社らの業界の実態に通じており、控訴人が取引先四社と同じ金物問屋であることを知つていたがために、諸般の事情を勘案すれば、本件(六)(八)(九)の手形の引受が何らかの商品売買による前渡金支払のためになされたものであることを推認できる立場にあつたということができる。しかし、前示のように、被控訴人が右手形を取得した昭和五九年八月六日の当時においては、訴外会社は容易ならざる状態にはあつたものの、なお営業を続行して商品取引を継続しつつ経営の安定化を図るものと認識していたのであるから、納品義務が履行されない懸念を払拭しきれなかつたとしても、害意があつたということはできない。
三 従つて、被控訴人の本訴請求は全部理由があり、これを認容した原判決は相当であるから、民訴法三八四条により本件控訴を棄却する。
(裁判長裁判官 武藤春光 裁判官 高木新二郎 秋山賢三)